導なきmi-chiへ


東京都葛飾区で活動するフットサルクラブ「FC KREIS」代表 川口竜太のブログです。

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子どもでいたい

「大人げない」
と最近よく言われる用語です。

けど、大人になりたくないんだもん。そんな反骨心と中二病感の川口です。

だけど、
スティングは
「Every Breath You Take」
から
「If You Love Somebody Set Them Free」
まで行ってしまった。

The Beatlesは
「Love Me Do」
から
「Let It Be」
まで行ってしまった。


大人になるって、寂しいことなんだなぁ。って思ってしまう(笑)

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楽しそうだからやる!

26歳の自分。

色々考えるが後悔はないかな。
あんまり過去を振り返りもしないし。「あの時の~…」みたいなのはあんまりないかな。それよりもこれからことを考えて妄想したりする方がいい。



多分そういう生き方しか出来ないのかな。


もちろん、この自分の生き方がいい!ということを言いたいわけではないっす。そこは人それぞれ。


だから、他人の生き方を否定するつもりはないし、自分の生き方を否定される筋合いもない。




ただ、自分の人生を何かに奪われて生きるのは嫌だなって。



生き方に学歴が必要なら、学歴を得るべきだし、大学で学びたいなら大学に行けばいいと思う。就職したい会社があるのなら、偏差値の高い大学の方が有利だと思う。

けど、すでに時代は大きく変わっていて、生き方に多様性が生まれていると思っている。グローバル化ってやつだ。



今の時代、色んな生き方、働き方になっている。


大事なのは、自分で選択していること。そして、自分を知ること


自分を知って、自分が望むライフスタイルを考え、そのためにどういう仕事につけばいいのか、お金はどのくらい必要なのか、そういうことを考えてみること。



大体、自分が普段何をしているかを見ていたら、自分のことは分かる。


自分がしたいことは、自然にしているからです。


そして、今もこれからもその自分のしたいこと磨き続けていきたい。




そして、声を大にして言いたい。笑われても構わない。



『金とか地位とか命令されたからとかが理由じゃなく、楽しそうだからやる!

やる必要があるからやる!
人の為になるからやる!』


そういう理由で仕事がしたい。していきたい。


どーでも

どーでもいい。

おもうことと

どーでもよくない。

おもうことと。


人の価値観で変わり続けるが、俺は変わらないために変わりつづけたい。

リノベーションカフェ

たまにはプライベートなことも^_^

月曜日の午前中はオフなので、一週間分の洗濯、掃除をしてから(溜めちゃうんですよねー…)スケジュール調整・プリントやポスター作り・一週間分のトレーニングメニューの作成などの雑務をしています。

なので、お昼は気分転換で色んなところで食事をしたりします♪


今回はリノベーションカフェに興味があったので近所の『こぐま』に行きました☆








1927年に建てられた古民家で元は商店街の薬局でした。入口を見上げるとガラス窓に張られた「化粧品 クスリ」の文字があります。その跡を最低限のリノベーションを施してカフェとして営業しています。



こんな感じでした。





店内は雰囲気抜群!店主も気さくな方でした♪





店内には可愛い販売も♪♪







古本もたくさんあります







 

ここのお店のオススメはすみだブランド認証「すみだモダン」グルメ部門受賞の焼きオムライス


 ということで焼きオムライスを注文:-)


   

 とっても美味しゅうございましたー!!





 と・こ・ろでリノベーションって分かりますか?? 




まず、イノベーション【innovation】ですが
(新しい事・物の)導入、革新、刷新という意味の言葉でそれに対し、リノベーション【renovation】は(古い建物・絵画など)を修理〔復元〕する、改装する(元気・健康など)を回復するという言葉。



どちらも『革新』ではないが、


イノベーション【innovation】・・・・全く新しいものをプラス方向に向かわせる


リノベーション【renovation】・・・・既にあるものをプラスの方向にむかわせる



 まぁ簡単に分かりやすく一言で言うと 


  「ありそうでなかったもの」

って感じだと分かりやすいかな。 



もともと薬屋さんだったところ、そこをご主人が引き継いだそうで、そのときに少しばかり間取りは改装されており、それをご主人方が内装をリノベーションしたのだそうです(床張りだけ業者さんにやってもらったけどそれ以外は手作り、らしい)


うん、すごいなぁ。。



 doではなく、beでありたい。 

何かを作るのではなく、その状態をまず大切に。 

見える力より、繋がる力。 



 この店内からも色んな刺激をもらいます。 

 あぁこういう時間こそ、もっと大切にしたいなぁ。 


  ありそうでなかった空間作りを自分を通して作っていきたい!!


考え方

どうすればいちばん自分が楽しいか。いちばん気持ちがいいか。

それが独りよがりにならずお互いがwin-winになるようなワクワク感を。

それを自分で考えて、自分で選ぶこと。

しかもそれは今までこうだったとか、他の大勢の人から見てこう思われるとか、そういう枠すら取っ払った、もっと自由で自然体なもの。

もっと考えたい。そんな一日でした。

リバウンドメンタリティー

今日の夜は日大一高サッカー部員(インターハイメンバー外)を引き連れて、都立大山高校の夜間の生徒とフットサル♪♪




ここでの試合で多くのことを学ばされました。試合内容は白熱してヒートアップする場面も…。もちろん、日大一高ではなく相手チームからです。うちの選手たちは熱くなることはありますが、胸ぐらを掴んだりすることはありません。なぜなら超えてはいけない限度を知っているからです。

けど、あの子たちは平気で殴りかかろうとしていた

それは多分負けたくないんだと思う。

その負けたくないっていう思いは俺たちが考えているよりも遥か先をいっている気がする。


それは、もしかしたら定時制高校に通う子供たちはこの世の中の基準から低くて負けているのかも。彼らの人生観の背後にはネガティヴな材料があるのかもしれない。


だから、負けたくない。

その思いが先行して手を出してしまったりするのかもしれない。

もちろん手を出してはいけない。
しかし、それ以上にあの子たちからは凄みを感じてしまった。

もう二度負けたくない!絶対に負けない!というオーラが溢れていました。



自分は素直でステキだと思った。本気で。


だって納得してないんだもん。
反抗しているんだもん。

まさしくリバウンドメンタリティー。

最近の子供達は何を考えているのかよく分からないことが多々ある。むしろ大人だってそうだ。

本当に理解しているのか
納得しているのか

それとも理解してる風なのか
納得してる風なのか


もちろん手を出したり、悪いことをすることはいけない。けど、今回のことで日大一高の選手たちも何かを学んでもらって欲しい。


インターハイ予選のメンバー外になったという事実をまず認めること。自分自身と向き合うこと。それから、もう一度立ち向かっていく。

諦めない!
まだまだこれから!
自分自身を信じる!


というリバウンドメンタリティーが芽生えてほしい。

俺も納得した風とか、周りに合わせていくことの基準を考えさせられるいい機会でした。


トレーニングマッチをサポートして下さった川崎さん、心から感謝してます!




自己愛についての考察

最近、自己愛、自分を愛するということについてよく考えます。

なぜなら自分自身のことが好きになれなかったからです。

俺やみんなも「他人を愛しなさい」ということは一つの価値観として、大切なこととして家庭や学校で教えられてきましたが、自分を愛するということについては、あまり積極的に語ってこなかったのではないでしょうか。


どちらかというと自己愛が語りにくいのは、ナルシシズムみたいな感じが気持ち悪いから、っていうのがあるのかもしれません。鏡を見て

ああ、俺は本当に俺のことが好きだな。ちょっと邪魔しないでくれ
という人がいたとすれば

どうぞ勝手にいつまでも鏡見ててください

という気持ちになります(笑)

そうなるべきだと俺は言いたいわけじゃないんです。ただ、人生ではやっぱり辛いこともあります。ハッピーなまま一生が終わればいいですけども、場合によっては多くの人から

「お前のことは嫌いだ」
「お前なんかこの世にいてほしくない」

と言われるようなことがあるかもしれません。

そういう苦しい状況の中で、最後の最後に、人間はやっぱり自分自身の面倒を、自分の責任で見るつもりで愛さなきゃいけないんじゃないかと思い始めました。

お前のことが嫌いだとみんなに言われた時、「そうだ。実は僕も自分のことが嫌いなんです」と自ら言ってしまった瞬間に、僕たちはそのまま生きていくのが嫌になってしまうのではないのかなと思うんです。



自分自身、人生の中で何度かそういうふうな自己愛の必要性を感じたことがあります。


ただ俺は、自分自身のことがずっと、あまりよくわかりませんでした。

我ながら良いことをして、人から感謝されたり喜ばれたりすると「俺ってけっこう、根はいい人間なんじゃないのかな」とちょっとホッとするところもありましたし、逆に人をひどく傷つけてしまったり怒らせてしまった時には、自分にひどく失望することもありました。自分はやっぱり本質的にどっか冷酷なところがあるんじゃないかとか。大好きな恩師川崎さんには「川口はいつもネガティヴだよなー」と見透かされてます(笑)

自分を愛するというのは、実は、誰を愛するよりも難しいことなのかもしれません。なぜなら、あまりに何から何まで知り尽くしているからです。過去に自分がやってきたことをいろいろ思い浮かべてみて、こんなことしてきたあんなことしてきた、良いこともしているかもしれませんけど、嫌なこともいろいろ思い出してしまう。

そういう自分をまるごと「俺は本当に自分が好きだ」と言えるのかどうか。なにか根本的な考え方の変化が必要なのかもしれない。と思い始めました。

俺はいろいろな自分、俺はこの時は良い自分だったんじゃないか、あるいは嫌な自分だったなという自分自身を思い返してみて、それをひとまず、全部自分の姿なんだと受け入れるところから始めました。

根は実はいい奴なんじゃないかとか、いや俺は本質的にやっぱり冷酷なんじゃないかとか、どっちの自分が本当なのだろうと考えることをやめて、全部自分なんだと考えるところから始めました。

そして、どうしてそんなに一人の自分である僕が変わってしまうのか、ということを考えました。結局は対人関係の中で、相手次第、場所次第なんですね。親友としゃべっている時には、俺は非常にくつろいだりリラックスした自分になりますし、仕事の相手としゃべっている時にはシビアな顔で難しい話をしたりもします。

腸煮えくり返るくらい嫌いな奴の前に出ると、やっぱりイライラしてしまいます。

とにかく、それぞれの自分はずいぶんと違うんですね。そして、自分のことを全体的に愛するということは非常に難しいかもしれませんが、実は、誰かといる時の自分は好きだ、ということは言えるのかもしれない。

あの野郎といるとなんか嫌な自分になってしまう。だけどあの人といる時の自分はまんざらでもない、結構好きだ、というのは実はそんなに難しいことではないのかもしれません。



恋愛について考えてみました。

ある2人の女性がいるとします。俺は、どっちもいいなと思ってるとします。一方の人とまずデートに行って、ご飯を一緒に食べると。すごく楽しくて、次から次へと面白い冗談とか言えて、向こうのリアクションもいい。自然と笑顔になって、気がついたらこんな時間だと慌てて終電に駆け込んで「いやあ、今日は良い一日だったな」というデートだったとします。

もう一方は好感を抱いてるんですけど、いざ実際にデートに行ってみるとあんまり面白いことも言えなくて、ちょっと油断してしまうとシーンとなってしまって、自分が冴えない人間になってるって感じがする。二軒目まで行こうかなと思ったんだけど、一軒目くらいで「じゃ、また」ってことでデートが終わってしまった。

どっちの女性ともう1回会いたいかといえば、当然ながら俺は前者の女性とまた会いたいと思います。それは相手が好きだからということもあるかもしれませんが、その人といる時の自分が好きだから、その自分に楽しさを感じて、その自分を生きることに生きがいを感じるからです。

「愛とは誰かのことを好きになることだ」

この定義自体はもちろん間違っていませんが、今僕が付け加えたいのは、愛とはむしろ

「他者のおかげで自分を愛することができるようになることだ」

と、そういうふうに考えてみたいと思います。

あの人の前でなら自分は思いっきりリラックスして、素直になれて、いろんなことをさらけ出せる。他の人の前では決してできない。



不幸にして、人間の関係には終わりが来ることがあります。喧嘩別れしてしまうこともあれば、死別してしまうこともあるかもしれません。誰かを失ってしまう悲しみはもちろん、その人の声が聞けない、その人と抱擁できない、いろいろなことがあると思いますが、もう一方で、「その人の前でだけ生きられていた自分を、もう生きることができない」という寂しさがあるのではないでしょうか。


あんなに自由にいろんなことをしゃべれたのはあの人の前だけだった。あんなに素直になれたのはあの人の前だけだった。あんなに馬鹿なことをしてあんなにくだらないことをできたのはあの人の前だけだった。

その人がいなくなってしまって、自分はもう、好きだった自分を生きることができない。それが別れの悲しみなんじゃないでしょうか。

逆ももちろんあります。俺は誰かから「あなたのことを愛してます」と言われれば、有頂天になります。しかし、誰かから「あなたのおかげで自分のことを好きになれた」と告白されたなら、あるいは「他の誰といる時よりもあなたといる時の自分が好き」と告白されたなら、それはなにかもっと胸に迫ってくるものがある気がします。

自分の存在がそんなふうに他者の存在を肯定させているんだということには、なにか感動的な喜びがあります。人間はそんなふうに、好きな自分っていうのを一つ見つけるごとに、生きていくための足場というのができていくんでしょう。

僕たちはたくさんの人に囲まれて生きていると、その中の何十パーセントのたくさんの人に自分を愛されないと、なんだか生きていけないような気持ちになります。教室の中、会社の中。

しかし、好きな自分の数を数えていけば、そんなに何十個もいらないのかもしれません。2つや3つ、あの自分は結構好きだなという自分が自分の中にあれば、そこを足場にして生きていける。5つも6つもあればもう十分というぐらいかもしれません。教室の中に友達は3人しかいないと思うのか、3人も自分を好きにさせてくれる人がいると思うのか。これは考え方の違いです。

自分を愛するというのは、なにも鏡を見て「ああ、俺が大好きだ」ということではなくて、誰かのおかげで自分を愛する、他者を経由して自分のことを好きになれるということなのではないでしょうか。

おそらくそこが自分を愛するという入り口なんだと思っています。




そしてだからこそ、やっぱり俺は大切な仲間を大事にしたいし、大好き!心から感謝してます!川口竜太に関わってくれる全ての方にありがとうと伝えたいです♪

継続は力なり

はい。Blogサボってました。

書きたいことは山ほどありますが、いざ書こうとすると頭の中でイメージしていることが中々文章に出来ずに葛藤していました。申し訳ありません。

ただし、これからは毎日コツコツと更新することに決めました。毎日です。

忙しいとは「心を亡くす」と書きます。忙しいとは言い訳です。人間24時間365日平等です。だから毎日書きます。

文章書き続けてないと
文章力も落ちるし、結果的に想いが伝えられないし。

気合いの入った長文だけじゃなくて
誰も読んでいなかったとしても
短いちょろっとした文章でも
書き続けることで
頭の整理になるし
将来に残す大切な足跡になるし
とにかくブログを書き続けようと昨日の夜に決めました。


サッカーのことやフットサルのことだけじゃなく、ビジネスのこと、自分らしく考えていること、チャレンジ受けたこと、ビビッときたこと、うれしかったこと、悲しかったこと、日々の出来事をさらっとでもいいから書きます。


サボっていたら罵って下さい!
怒ってください!

けど、Blogの内容が少しでも共感出来たらまた見てください^_^





PS
半年間サボらずに書き続けたらメルマガでも配信しようと考えています♪♪
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