導なきmi-chiへ


東京都葛飾区で活動するフットサルクラブ「FC KREIS」代表 川口竜太のブログです。

2017年06月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年08月

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旅という名の生き方

若者よ、旅に出なさい。まだパスポートを持ってないなら、今すぐ作りなさい。夏になったら、リュックを背負って、デリー・サイゴン・バンコク・ケニヤに行き、ショックを受け、感動しなさい。食べたことのない料理を食べ、面白い人と出会い、冒険に出て、危険から身を守りなさい。帰ってきたら自分の国が違って見えるでしょう。首相も同じ人なのに、違う人に見えているでしょう。音楽、文化、食べ物、水資源の見方が変わるでしょう。シャワーを浴びる時間も短くなっているはず。「グローバリゼーション」の本当の意味もわかってくるはずです。それはトム・フリードマンが言ったフラット化する世界ではありません。地球の気候の変化と環境破壊が決して嘘ではないこともわかるでしょう。ある人の一日は、バケツ4杯分の水のために20km歩くだけで終わります。あなたのフライトの向こうでは、どんな本も先生も教えてくれない授業が待っています。多くの人は、帰ってきた時に初めて全てがはっきりし、頭の上に電球が浮かぶのです。
ーヘンリー・ロリンズ(一部改訳)
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決意表明

2017年なんとなく始まってしまった。


もちろん、仕事が充実していて結婚し家庭出来て落ち着いたこともある。


けど、なんか川口竜太らしくない。




別に結婚はゴールじゃないし、むしろスタート。仕事だって今はたまたま選手たちのおかげで上のカテゴリーのリーグにチャレンジ出来ているだけ。自分で何か成し遂げたわけではない。






最近ふと思う

今、死んだら何が残るのか。






震災後のボランティアを通して価値観を変えられたはずなのに今の現状に満足している自分。




もっともっと与えていかないと。





変化することを恐れてはいけない。




もっと自分なりに社会に仲間に貢献出来るはず。




手段はいくらでもあると思うし、やり方は人それぞれだと思う。


もしかしたら、今でも十分社会に貢献できているのかもしれない。




サッカーコーチとしてのある程度の役割を果たしているのかもしれない。



でも、これからの将来今の形を変えながら、社会のニーズに合わせた形、人の心にしっかりと寄り添う形で、自分が心の底から好きだと思うこと、やりたいと思うことで、実行していきたい。




そして、その想いに同調してくれる、戦ってくれる「仲間」と共に、未来を創っていきたいと心から思う。




それを実行できなかったら、自分が生かされている意味も価値も全くない。




ただ自分の好きなことやって、色んな経験してきたっていうだけの人生で終わってしまう。




そうはなりたくない。






正義を振りかざすつもりは全くないし、自分を正当化しようとも思っていません。



ただ、そのとき自分が確信に思っていることはっきりと言葉にして言い切るべきだし、そうじゃなかったら前には進めないと思う。



blogもたくさん書こう。




それが後になって間違いだったと気付いたとしても、その時言葉にしなかったらそれにすら気付くことができないし、いつまでたっても停滞したままになってしまうから。




「自分にはこれしかできない!」という形で、自分が本当に好きなことで、その目標を実現できるように、誠実な心と丁寧さを忘れずに、進んでいきたい。



一人でも多くの人の役に立ちたい。
心に寄り添える人でありたい。



そして、死ぬまで自分の「軸」は大切にしていく。



その軸は「愛」です。
もっともっと愛を与えていけるように。


勝ちよりも価値を大切に





結婚、仕事、逃げ恥、在り方

結婚しました。


たくさんの仲間に祝福され、祖父・父が挙げた教会で結婚式を行うことが出来本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


そして、その素晴らしい1日を大切な友人でありフォトグラファーでもある上原晴也に撮ってもらいました。


その写真が届いたのでみんなにも共有したいと思いこのblogを書いています。


しかし、ただそれだけでは面白くないのでちょっと最近の出来事や妄想していることを書きたいと思ったのでもしよかったら読んでください。



blogの最後にウェブアルバムのURLを載せてます。ぜひご覧ください。












最近夢中になっていたのは「逃げ恥」です。



おそらく自分の人生でこんなに夢中になったドラマは初めてかもしれません。(海外ドラマなら24はどハマりしましたが…)

自分だけでなく多くの方があのムズキュンに魅了されていたと思います。ただ、自分はただのラブコメなら夢中になりません。『逃げ恥』にはラブコメっていう形式を借りながらそこにこっそりと「雇用」と「結婚」っていうテーマがあると感じていたからです。


すべての登場人物の設定にもそのテーマが見え隠れします。主人公の二人以外のキャラクターには、ゲイもいるし、典型的な家庭人、結婚不要論者、40代キャリア未婚女性などいろんな立場を意識的に配置してます。
このキャラクターたちの価値観は

結婚→「幸せ」

雇用→「やりがいorお金」

が多様になっています。


自分自身、結婚して妻と共に歩むという責任と同時に好きなことを仕事にするというやりがいを大切にしながら「稼ぐ」という部分も大切にして生きています。


なので、色んなことが自分自身と共感・共鳴してこのドラマに夢中になりました。けして結衣ちゃん、あ、新垣結衣が可愛いわけではありません。



①雇用
雇用がトピックになってる理由は日本だけじゃなく全世界的に格差社会化が広がっているから。アメリカ大統領選やイギリスのEU離脱から移民の問題など格差社会における雇用問題は年々進んでいますし、日本だってブラック企業や就職難民などありますね。


だから、平匡さんはブラック企業にいたっていう設定でみくりさんは大学院生上がりで就職に失敗、派遣会社からもはじかれちゃうって設定なんでしょうね。



②結婚
幸せというのは富みや財産、それ以上に心を通わせる相手との「場所」を持っているかどうか。そして、そうした幸せの度合いを計るために一般的に使われるのが、収入の額と家族の形です。
その幸せの度合いが分かるのが「雇用」と「結婚」というシステム。




『逃げ恥』の登場人物の中で、その二つのシステムの両方からもっとも遠い場所にいるキャラクターが森山みくりです。



つまりもっとも幸せから遠い場所にいる森山みくりが、今の社会が用意した「雇用」と「結婚」というシステムと懸命に折り合いをつけようとするドラマ、それが『逃げ恥』です。






【変わったんじゃないよ、気づいたんだよ】

ドラマが進むにつれて変化していくみくりさんはとても素敵。もちろんそれは平匡さんも同じで。

普通の人間なら、好きでもない相手と生活して、世間に夫婦だって公表するなんて、常識やモラルの問題だけじゃなく、感情的にも受け入れられないアイデアなはず。平匡さんとみくりさんは感情的ではなく理論的で合理的だと最初の段階で理解できます。


しかしドラマが進むにつれて恋愛という部分の感情性が徐々に増えてきてそこがすごく人間らしくなりすごく面白かった。


最終的には登場人物全員がそれぞれの生き方の中で「結婚」や「雇用」に向き合ったり逃げたりして、もがきながら歩んできたドラマで最後にみんなが「青空市」に集まって、それぞれにハッピーエンドを迎えるシーンは最高でした。



個人的にグサってきた言葉は

「お前、男の趣味変わったな」という元彼氏に対して「変わったんじゃないよ…気づいただけだよ」という発言


『逃げるは恥だが役に立つ』の名前とは違って登場人物はみんな最終的には一歩踏み出しました。
そして、勇気を持って進むだけで新しい景色が見えます。


勇気あるその一歩が、みくりさんや平匡さん、そして周りの友人にまで影響を与えます。


一歩踏み出す少しの勇気だけで。



変わったんじゃない
気づいただけだよ





自分も同じです。


足りないところだらけで、たくさんの方々に迷惑ばかりかけていると思っています。


しかし、今年大切なパートナーと結婚するという決断をした時、迷惑ばかりかけていると思っていた仲間たちからたくさんの祝福を頂きました。





あぁこんなに愛されていたんだ。




改めて感じます。

本当にありがとう。

そして自分は生きているのではない、生かされているんだ。




結婚という一歩を踏み出したらたくさんのことに気づきました。財産はお金ではなく仲間だってことに。





【逃げ恥から読み解く「働く」という本質】

私たちの人生も同じ気がします。

結婚してより「働く」って何なんだろうとその意味を考える時間が多くなっています。1日の大半を働いて過ごしてくわけなので。

なんのために働くのか、なぜ働くのか。

大抵日々の生活のため、いわゆるお金のために働くんだけど、そこのステージをクリアしたら今度は、何のために働くだろう。


「働か」なくても、安定した収入が入ってくる段階になった時、人は何のために働くだろう。


そういう段階になると、自分はそもそもなんのために造られたのか?という疑問が湧いてくるはずです。


やっぱり、俺は人のために動きたい。それが【働く】。スポーツを通して喜び、楽しさ、愛の本質を伝え、『そのままで素晴らしい存在だ』ということ理解させていきたい。


10万人自殺未遂、1万人の自殺者、睡眠薬がないと寝れない心の病気や、子供の頃から親に愛されなくて人前で感情表現が出来ない子供達など…こんな息苦しくなるような世の中だから出来ることがあると信じています。



結婚したからこそ、このために生きている、このために働いていると心にしっかり握り日々誠実に働くものでありたい。




ウェブフォトアルバム
****

忙しさから解放するために

忙しいとは心を亡くすと書く。

最近私は忙しかった…。
→心を無くしていた。



自分の中の優先順位を明確にして、全部やらなきゃって思わずになぜそれをしたいかをちゃんと見つめて働きすぎないことが何よりも大事だってこと。


世界は自分の内側を映す鏡になる。






「理想を追い求める多くの人たちが陥りやすい現代の暴力がある:それはアクティビズムと過労だ。現代の生活のプレッシャーや慌ただしさは典型的な暴力の形である。多くの多くの相反する関心ゴトによって我を忘れ、あまりにも多くの要求におぼれ、 あまりにも多くのプロジェクトに専念し、すべての人をすべての面で助けようとする行為は、暴力に屈するということです。 私たちのアクティビズムに対する熱狂は、私たちの平和ための活動の効力を消してしまう。 平和のための自身の内なる能力を破壊してしまう。私たちの仕事の成果を破壊してしまう。なぜなら、それは実りある仕事を可能にしてくれる内なる知恵の根を奪ってしまうから。」
– Thomas Merton, Conjectures of a Guilty Bystander






生きているのではなく、生かされている。

この命のどのように使うか。


使命感を忘れずに。

リスクヘッジなんてクソ喰らえ



旅に出たい。というモヤモヤを最近感じていた。



夏も終わり、達成感と疲労感と喪失感に襲われ、大自然に向き合いたくなっている自分がいる。



けど、そもそも人生という名の旅の途中だと、土手で秋の夕暮れの美しさが教えてくれました。



環境ではなく、心。




心に素直になるって大切。

感情をもっと表現したい。

もっともっと人間らしく。




自分の心が行きたいところに行けばいい。命は守るためにあるのではなく、きっと使うためにある。


命を使うと書いて使命



「どう思うか」が大切なはずなのに「どう思われるか」の方が優先されてしまっている。これだと自分の力で何も決められなくなる。


この時代に生かされていると感じながらこの世界を使命感を持ちながら駆け抜けたい。


あーすればよかったという出し惜しみがないように常に全力で。



愛する妻と愛する仲間と共にこれからも。
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